東海道を歩きました

 2009年11月4日、芦ノ湖から小田原駅まで歩いて、15年前に始めた京都三条大橋から東京日本橋までの東海道を歩き通すことが出来ました。

歩いた記録は次のとおりです。

出発 到着 年月日
三条大橋 近江八幡 1994 12 10
近江八幡 関が原 1995 11 18
関が原 尾張一宮 1995 12 29
尾張一宮 知立 1996 11 13
知立 豊橋 1996 2 12
豊橋 浜松 1996 2 17
浜松 掛川 2009 6 29
掛川 菊川 2009 7 14
菊川 焼津 2009 9 14
焼津 清水 2009 10 5
清水 新富士 2009 10 14
新富士 三島 2009 10 22
三島 芦ノ湖 2009 10 29
芦ノ湖 小田原 2009 11 4
小田原 戸塚 1994 2 27
戸塚 日本橋 1994 2 20

 この計画は、もともと通勤に時速6キロくらいの速さで歩いていたので、家族を京都に残して東京に単身赴任していたとき思いついたものです。マラソンコース42キロなら7時間で歩けるではないかと。そこで、東京のマラソンコース、国立競技場から大森海岸(当時折り返し点でした)までを、昼食時間を含めて8時間以内で歩くことが出来ることを確認して、日本橋からスタートしました。ところが2度目の戸塚から小田原まで歩いたときに京都に転勤になり、仕事の都合もあって少し間をおいて、今度は京都からスタートすることにしました。そして浜松までは歩きましたが、それ以後今まですっかり忘れていました。それまで合計8回は、1回に42キロを歩きましたので、合計330キロ歩いたことになります。

 今回残りを歩きとおすことにしたのは、たまたま今年5月に浜松で山口県の高校のクラス会を開いてくれて浜松駅に降り立ったときに思い出して、70歳を過ぎて第2の仕事も退職して自由になったため、歩くなら今のうちかなと思い立ったものです。ただ体力も衰えているので、40キロは最初から断念して、1日に20キロから30キロを目標としました。準備は京都のマラソンコース、西京極の陸上競技場から宝ヶ池の京都国際会議場の42キロのうちの30キロです。さすがに久しぶりに長距離歩いたので、家に帰りついたときにはもう1歩も歩けない状況でしたが、まあ歩けないことはないなという自信にはなりました。

 前回と違って今回一番役に立ったのは、インターネットです。yahooの地図を必要なところは拡大して、1日歩くために10枚近くプリントしたものを持って歩きました。日本の道路は車中心で、歩くために難しいところが随分あります。高速のランプを横切ったことは何度かありましたし、トンネルはなんとなく怖い。海に突き出た長い橋も歩行禁止ではなかったものの歩道は路側帯の白線だけで横を車が高速で通り過ぎていく。菊川から金谷に向かうときに通ろうと思っていた道がそこまで行って自動車専用道であることが分ったことがありました。暑い日でもあり疲れ果てて旧道に入ろうと近道を探した結果茶畑に迷い込み、人気のない道でコブラ返りが起って危うく途方に暮れたところを茶畑の農家の方らしい車に助けて貰ったことがありました。それ以降は国道管理事務所に何度も電話して、地図上の道が歩けるかどうか、歩けなければどう行けばいいか、丁寧に教えていただきました。

 最後の2回、三島から芦ノ湖の上りと今回の芦ノ湖から小田原を一番心配していました。800メーターを越える上りは、心臓が耐えられるか、下りは足が耐えられるかです。上りについては三島から箱根登山用の路線バスが出ていることと、その時刻表がインターネットで確認出来て、途中でギブ・アップしたらそれに乗ればいいと分り安心しました。下りは正月に行なわれる箱根駅伝のデータが随分役立ちました。
 箱根越えの記念として、「箱根馬子唄」のCDを手に入れたので、練習しているところです。

 しばらく休養をして、また足の虫が起き上がってきたらさあどこを歩こうかと考えることになるでしょう。