くもの恩返し

 鮎解禁になる6月始め、恒例の若鮎祭が嵐山で開かれ、応募したら幸い抽選に当たって試食券をいただきましたので、出かけました。嵐電内のことです。私の胸の辺りに子蝿のような小さい虫がはい回り、時には顔や腕の上にも行きます。ちょっとうるさい感じでしたがよく見るとどうも蜘蛛らしい。小さい、小さい、足を一杯広げても数ミリというところです。蜘蛛なら糸に繋がっているのではないかと数センチ回りを指でなぞったら、目には全く見えませんがどうやら糸と繋がっているらしい、蝿のように飛び立ったとおもったら、糸をつかんでいるらしい私の指とそう離れないところにぶら下がったり、風に流されて飛ぶようにも見えます。手許に手繰ろうとするとすっと離れたりするので、これは糸が伸びるよりも自分で糸を出しているでしょう。

 隣の若い男性が不思議そうに私の仕草を見ていたので、「蜘蛛のようですね、殺すのは可哀想ですからね」と話したら、穏やかな顔でうなずいていました。私はどうしてやろうか、電車の外に逃がしてやろうかと思っていたら、そのうち何処に行ったか分からなくなりました。ちょっとだけ心が残りました。

 ほとんど毎年若鮎祭に招かれているのですが、梅雨時なのでたいていはどんより曇るか雨の時もありましたが、今日は夏を思わせる快晴の空の下で、嵐山の渡月橋を目の前にして、河川敷の赤い毛氈が敷かれた床几でいただく鮎の塩焼きとビールは他に比べるもののないほど美味しいものでした。

 私に小缶ビール1つは物足りないので、春と秋には家内と行くことにしている少し上手の、時雨亭をもう少し超えた辺りの茶店で、おでんと冷酒1合をいただきました。たまたま隣合わせたご老人といろいろ話が弾みました。

 満足して帰りの嵐電の乗換駅、帷子の辻辺りからなんとなく身体の様子が変になってきました。数日前から右腕の上の方の内側から指先にかけて、ときどき軽い、非常に軽いしびれを感じて、手を振り回したり、手のひらを閉じたり開いたりしていたのですが、少し強くなり、右指先の感覚がおかしくなりました。左手で持っているものを右手で触ろうとしたとき、どうも位置が合わないというような感覚です。あれっと思って右手の指ををいろいろ動かして見たりしていました。酒にはそんなに酔った感じではなかったのですが。これは虚血性脳梗塞というのかな、まあそのうち元に戻るだろうと軽く考えていました。

 間もなく家に着いて、家内に話しかけたら、呂律はときどき回らないことがあり、少しふらついてドアにぶつかりかけたりしたので心配していました。書斎に入ってパソコンを触ったのですが、右手のタッチがおかしいし、指を何度置き直しても、どうも1つ横のキーを押してしまう。鉛筆で文字を書いたら形がずいぶん崩れてしまう。まだ脳血管は元に戻っていないらしい。

 それから何度も水を飲み、右腕や右手指を動かして身体を休めていたら、数時間後には元に戻りました。後から考えると、あの時梗塞が治らなかったら右手と発音が不自由なままだったかも知れない、救急車で運んで貰って手当をして貰った方が良かったかも知れないと、ぞっとしました。その時はまた夜に飲み会があるので病院に行くことは考え着きませんでした。

 後になって考えたついたことは、あれは嵐電の中のくもが恩返しに助けてくれたのではないかということです。恩返しというのは少しおこがましいかも知れません。あのとき叩きつぶすつもりはなかったのです。子どもの頃田舎に育ったから、小さい虫に馴れていて少しも気持ち悪い思いをしなかっただけです。殺さなかったからありがたいと思えというのはイソップ物語にあります。それでも龍之介の「蜘蛛の糸」の物語にも踏み潰しかかった蜘蛛から足をそらした例もあることですし、無事にいてくれと思ったのは間違いありません。きっとそうに違いない。カトリック信者ですから迷信的なものはあまり考えませんが、今回はくもが助けてくれました。