![]() 一 からまつの林を過ぎて からまつをしみじみと見き きらまつはさびしかりけり たびゆくはさびしかりけり 二 からまつの林を出でて からまつの林に入りぬ からまつの林に入りて また細く道はつづけり 八 世の中よ、あはれなりけり 常なれどうれしかりけり 山川に山がはの音 からまつにからまつのかぜ |
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私の家から100メートルほど南に下がると、名勝の双が岡があります。
休みの日にはたいてい朝と夕方愛犬を散歩に連れていきます。
初冬のこの時期には多くの木から枯葉が落ちて、林の道を敷き詰めています。
右の写真の道は、一の丘と二の丘の間あたりです。すっかり茶色におおわれたこの道をを歩いていて、落葉松を思い出しました。ここらは赤松の養生中で、落葉松はほとんどありませんが、なぜ浮かんできたのか、中学生の頃ですから50年ほど前です。
中学三年生の国語の教科書に、北原白秋の落葉松が出てきました。先生は、その春新らしく赴任してきた若い女性で、ちょっと惹かれるところがありました。
先生は、この詩をもとにして、情景を考えて文を作りなさいと宿題でした。
私は、何か悲しいことがあって林に入っていったという物語にしました。ひとりで寂しいから空気銃を持って行きました。(笑わないで下さい、15才の少年でしたから)
それから心理的な描写が続いたのでしょう、何を書いたのか全く覚えていませんが、最後には枝にとまっていた鳥を撃って、弾は当たらなくて飛び立って逃げてしまいましたが、なんとなく気分が晴れました。
その先生は、その作文を読んで、「それまでの情景はなかなかいいけれど、鳥を撃ってしまったのは残念でしたね」と言いました。確かにからまつの詩の雰囲気は壊したかも知れないのだが、男の子の気持ちが分からないのかなと感じた、そのことを思い出しました。
結婚後のことですが、本物のスモールボアのライフルを手に入れて、何年か射撃を楽しみました。宇治の木幡の射撃場で、50メータ先の紙の的の10ミリちょっとの黒丸を狙って、引き金を引く気持ちは特別なものでした。じっと的を狙って、ちょうど照準が合った瞬間に引き金を引くと、命中しません。引き金は卵を握るように柔らかく、そして明け方に霜が降りるように、自然にゆっくり引き絞ったら当たるというものです。(射撃場がなくなったので、今は所持をやめました)