甃(いし)のうへ


あはれ花びらながれ おみなごに花びらながれ
おみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫(あし)音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺のいらかみどりにうるほひ
廂(ひさし)々に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ

 もう20年以上前になりますが、いつのころからか私が中学生のとき目にした一つの詩にもう一度出会いたいと、ずっと心に残っていました。その詩は、「満開のさくらの花、若い女性の華やいだ話し声、古びたお寺の軒先」の情景であり、他に手がかりはありませんでした。仕事で東京に単身赴任していたときに、深川の教科書図書館にも足を運んでずいぶん探したのですが見あたりませんでした。今年、たまたま事務所の研修旅行で泊まった温泉宿で、先輩が高校時代苦しんだとき出会った詩に感動を受けて京都をたずねて、その後の人生が定まったことを話してくれました。そのときはっと同じ詩ではないかと気づいたのです。その人は三好達治の詩であることを覚えていました。
 書店で三好達治の詩集を探したら、現代詩文庫の中にありました。そしてふるえる指でめくっていくと、確かにありました。それが上の詩です。私は中学のときと堅く信じ込んでいましたが、あるいは高校の教科書を中学時代に目にしたのかも知れないという気もします。