2010年9月19日付のカトリック新聞で、淳心会のヴァン・ブラッセル師が90歳で帰天されたことを知りました。
この短い記事でいろいろ思い浮かぶことがありました。
師は堺教会におられたと記事にあります。その頃のことです。私の学友に熱心なカトリック信者がいて、彼に誘われてカトリック研究会というのに何度も参加したことがあります。その顧問が工学部長で後に学長になられたことは後から知りました。私は理系タイプのこちこちの無神論者であり、カトリック研究会に出たのも迷信に凝り固まっているカトリック信者が不思議で仕方なく、議論を楽しむためでした。みんな穏やかに受けいれて私の疑問にたいして回答してくれました。
おまえそんなに疑問に思うなら一度教会の門を叩いてみたまえ、と言われて下宿から行きやすかった堺市の花田口教会に、私のもうひとりのカトリックでない友人と二人で行くことにしました。そこにヴァン・ブラッセル師がおられて、二人のために話をする時間を割いていただきました。話の内容はあまり憶えていませんが、神がいるというのは迷信だという私のつっこみに対して、柔和に丁寧にカトリックの教義を説明していただいたことと思います。それで私の考えが変わったわけではありませんが。
思いがけない出会いは、それから40年過ぎた時です。その頃ようやく地球環境問題が一部で取りあげられ始めていましたが、フランシスコの家のチネカ神父と出会い、米子の「割り箸サミット」に行くことにしました。このときの様子は「NGOフランシスカンズ関西レポートNO.1」に少しまとめてあります。
この帰り道で津山カトリック教会に立ち寄ったときのことです。そこの司祭がヴァン・ブラッセル神父であることを知り、司祭館のドアを叩いてお会いすることが出来ました。大学時代にお話を伺って卒業後洗礼を受けたことを報告したらとても喜んでいただきました。
私が洗礼を受けた経緯については別に述べたことがあると思いますが、大学時代にカトリック研究会に誘われて無神論の立場からいろいろ議論を楽しんだこと、ヴァン・ブラッセル師から何回か話を聞いたこと、会社に入ってから寮の先輩に誘われて近くの教会に出入りし始めて、そこの公教要理を聴き始めたこと、そして数ヶ月話を聞いてあるときふと神がいたとしても何の矛盾もないではないかと思いついたこと、結局それが決定的でした。理系的に考えれば、ユークリッド幾何学に閉じこもっていたとき、非ユークリッド幾何学に出会ったようなものでした。
カトリック新聞の記事により、思わずいろいろなことが浮かんできました。