東京の教会(その21)
関町教会1991.12. 1

 西武新宿線は文字どおり新宿から出ていますが、JR山手線とは高田の馬場で一緒になっています。ここから準急で20分弱で武蔵関駅につきます。準急では高田の馬場から鷺の宮、上石神井、武蔵関ですが上石神井はちょっと読めませんね、「かみしゃくじい」と読みます。前々回の下井草教会は鷺の宮の一つ次です。蔵関から歩いて5分ほどで関町の教会です。ここは練馬区になります。練馬といえば練馬大根が知られていますが、いまは大根を栽培する環境ではありません。練馬区は東京23区の西にありますのでこの教会はたぶん一番西になるでしょう。
 付近は住宅地ですが、教会は比較的地味な建物でした。聖堂は椅子が少し狭い感じで並べてあり、それでも160人座れるほどでしたからそう小さい方ではありません。10時のミサに15分ほど早く着いたとき後ろの2階の聖歌隊席で女性達の美しい聖歌が響いておりました。ミサの始まる時間にはほとんどの席が埋まっていたようでしたから信者の数が随分多いように思えました。
 待降節にはいり、今日はこの教会の黙想会でした。指導神父は名古屋教区の太田実神父で、ミサ中の説教と、ミサ後の45分の説教と、昼食後の45分の説教ということでした。午前中のお話まで聞いて帰ろうかなと考えました。
 東京の色々な教会でミサに与かって、黙想会ははじめてでした。京都から遠く離れて、ミサには与かり、説教は聞いているものの、ゆっくり黙想する機会が得られたのは素晴らしいことでした。ミサ中の説教は、アナトール・フランスの「聖母の道化師」の話から、クリスマスプレゼントは私達が欲しがるものではなく、イエズスさまにプレゼントするものであるというお話でした。そしてミサ後のお話は「生きる悲しみ」というテーマで山田太一の本を取り上げ、キリスト教の楽天性は紫を通して向こう側に見える白であり、人生の悲しみに目をやりながら生きていくことが大切であるということでした。
 午後のテーマが「悲しみを越えて待ち望む」というので、いったんは帰る積りで駅まで行きましたが、気になる仕事について電話を1本かけて駅前で食事をとり教会に引返しました。教会ではあらかじめ希望者には弁当を用意していました。午後の話は神父様自身の子供の頃の父親の会社倒産の体験を話され、感動しました。午前は100人、午後は50人程度の人が参加しましたが、私にとって思いがけなく待降節に相応しい黙想をすることができました。