小岩教会は総武線小岩駅から北へ6,7分歩いた所にありました。小岩は荒川と江戸川にはさまれた江戸川区のほとんど北の端になります。総武線は千葉県の下総、上総の総と東京の西になります武蔵野の武の間を走っているJR電車で西の方は東京駅から甲府方面に伸びている中央線と重なっていますが、東京都をちょうど東西に横切っています。山手線とは秋葉原で交差しています。したがってこの秋葉原で総武線に乗り換えますが、次の次の駅が両国です。隅田川を渡ると東岸に緑の屋根の大きい建物がすぐ目に着きます。若貴兄弟の活躍で人気が沸騰した大相撲の両国国技館です。最近ではとても切符は手に入りません。そこから5つめが小岩駅です。
小岩駅から北に向かって真っ直ぐ歩き蔵前橋通りを過ぎてもう少し行くと、幼稚園を併設しているので教会はすぐわかりました。しかし珍しいことにはたいていどこでも目立つ高だかとした十字架は見当たりませんでした。聖堂もちょっと奥まっていて地味なつくりでした。中に入るとこじんまりした学校の講堂のイメージでした。
ミサは主任司祭が子供のミサのために応援に来ましたと挨拶された神父様でした。ところがその神父様の説教が素晴らしく、大変印象に残りましたのでここに要点を記録しておきます。福音書は神が男と女を作られたところでした。
『エデンの園でアダムとイブが生活していましたが、あるときイブがアダムのことを疑いはじめ、「あなた、誰か他の女性と浮気しているのではないの」と尋ねました。アダムは憤然として、「何を馬鹿なことをいっているのだ、ここには女性はおまえひとりしかいないではないか」といいました。イブはそうだったと納得しましたが、夜になるとやはり心配になって、アダムが寝ている間にそっとアダムの肋骨の数を数えました。こんな話が笑話として伝えられているようですが、神様は決して女より男が優れているように作られた訳ではありません。男の足から骨をとっていつも男に踏み付けられるようにされたのではなく、また頭の骨からとっていつも男を頭から押さえ付けるようにされたのでもなく、人間にとって一番大切な心臓を守っている肋骨からとられたのです。
最近テレビドラマでサスペンスものが多くなり、平凡な家庭の主婦がふとしたことから事件に巻き込まれることがよくあります。自分が悪いわけでも何でもないのに、近所の人達から後指をさされたり、ひそひそ話の話題にされたり、外に買物などにでるのはとてもいたたまれないような状況に追込まれたとき、夜、旦那さんが仕事から帰ってくる場面のことです。そのようなときよく前田 吟のような俳優が演じるのですが、「おまえなんという馬鹿なことをしでかしてくれたのだ、私が一生懸命これまで働いてやっと社内や客先の信用を得られたところなのに、仕事場に刑事がやってきてなにもかもぶちこわしではないか」といって厳しく奥さんを責めるのです。私はこれを見て残念でたまりません。神様が結び付けてくださった夫婦なのですから、「世間の人達は何と言うか知らないが、私はお前を信じている。皆がお前の敵になって最後のただ一人でも私はお前の味方だよ」と言ってやるのが本当の夫婦ではないか。その旦那さんの言葉によって世の中のすべての人が信じられなくなっている奥さんにとって、ただ一人でも自分を信じてくれる人がいるということがわかれば、世の中にもまだほかにも私を信じてくれる人がいると希望を持つことが出来るようになるでしょう。
男は仕事に打込んで家庭を顧みないということをよく聞きます。家庭より仕事が大切だと考えているのではないかと。しかし、男は仕事で成功して結局女房や子供に認められたいという気持ちがあり、それで一生懸命働くのです。
このような事を理解し合うことが大切なのです。結婚によって夫婦はお互いにキリストの代理者となるのです。結婚式が秘跡なのではなく、その後の結婚生活の相手が秘跡であり、キリストなのてす。自分が生活の中で相手にとってキリストになるようにそこに全生活をかけることが素晴らしい結婚生活です』
こういった趣旨のお話でした。大変感動してミサのあと神父様にそのことを伝えたいと思いましたが、聖堂を出たらもう帰られたあとでした。信者の方に伺ったら、御受難会の岸神父様ということでした。御受難会と聞いて素晴らしいお話であったことが納得いきました。
聖体拝領は東京の方法はすでに何度かお話したように前の席の人から立ち上がって中央の列に出ていき、後の席の人は自分の順番が来るまで席に座っている教会がほとんどでしたが、ここは全く珍しく後の席の人から立って前に出て聖体を頂いていました。そろそろ自分の列かと時々振り返って見なければなりませんでしたがこれも一つの方法ですね。
お知らせはご婦人がされ、あと続いて青年達がお知らせをしていましたが、どうやら最初のお知らせのご婦人が信徒会長のようでした。山口市のザビエル教会が先日不幸にも全焼しましたが、その再建のための募金についてお知らせしていました。単にお金を送るのではなく、日本に最初に布教した聖フランシスコ・ザビエルの信仰を証しするために聖堂を再建して受け継ぐために募金をするのだと説明されました。