東京の教会(その16)
北町1991. 9.29

 1991年9月29日は北町カトリック教会の9時半のミサに行きました。西暦まで詳しく書いた事情は後に述べます。東京の教会も大抵良く知られた地名がついていて、例えば浅草とか上野とか神田とか全国の地方の人でも馴染みの多いものですが、この北町ではちょっと分かりません。お江戸を南北に分けた北町奉行、南町奉行なら有名ですがまさかそうでもありません。実は練馬区にあります。練馬といえばかっては大根が大変有名であったので練馬教会とでも名付けてくれたら分かりやすかったのに、調べてみたら練馬区にもう1か所教会がありました。それなら一方を練馬教会と呼ぶわけにもいかないでしょう。そちらは関町教会です。この名前もちょっとどこかわかりませんね。
 ついでに東京23区で教会がもっとも多いのは世田谷区のようです。分教会2か所を含めて8か所もあります。その中には高級住宅地として知られている成城がありますし、そのものの世田谷教会とか三軒茶屋などもあります。
 池袋から東武東上線か営団地下鉄有楽町線で赤塚まで行き、そこから歩いて7,8分です。9時半に5分ほど前についたのですがちょっと様子が変です。聖堂の入口の鍵が掛かっているのだが、今日ミサはあるのでしょうかと尋ねられ、私も分からないのですが多分あるでしょうと答え、主任神父が朝寝坊でもしたかなと聖堂の横の小さいドアをあけて入ってみるとたしかにがらんとしていて、おばあちゃんが一人だけ前のほうに座って祈っていました。そのうち9時半を過ぎたのですが3,4人だけです。まっていると間も無く神父様がこられて、「今日はミサはありませんよ」といわれました。朝の7時のミサはあったのだが、午後カテドラルで東京教区創立100周年のミサがあるのでどこの教会もミサはしないことになっているというのです。
 とにかくしかたないので聖堂の中と外と2,3枚写真をとって帰りました。
 午後2時からの100周年記念のミサに預かるために関口の教会にでかけました。あの広い聖堂でも東京教区の信者が皆集まると大変な人だろうから座席が一杯かもしれないと少し早めに着きましたが、15分前に着いたのでもう遅いくらいでした。左の方の補助席にようやく座ることができました。これから遅れる人は立ってミサに与からなければならないようです。
 2時からはミサの意味と進行についての解説と献金と短い祈りで30分過ぎて、2時半から司祭の入堂でした。始めに祭壇の上でミサに与かる神父様方が約90人横から入ってこられました。そして十字架を先頭に来賓の司教様方と司式の司教様方約20名が入堂されました。司式は白柳大司教他合計5名で行われました。ミサは歌が中心でしたがかなり新しい企画が取入れられていました。まずミサの始めの司式の大司教様の十字架の祝福のまえに信者代表の2人が祝福を求める言葉をのべました。これは最後の祝福のときも同じでした。入祭の歌、答唱詩編、奉納の歌など一同が歌ったのち先唱者は3人の声が素晴らしい神父様で歌われました。いずれも歌は素晴らしい響のパイプオルガンの伴奏がうまくリードして美しい歌になっていました。福音書も先唱者の3人のうちのひとりが素晴らしい声で歌いました。
 説教は新潟教区の佐藤司教様でした。少しユーモアも交えた分かりやすい素晴らしい説教でした。苦しいときこそ楽しそうにというお話でした。お話が終わった後思わず拍手がわいて、はじめは一部の遠慮気味なのが全体に広がり、白柳大司教様も拍手されていました。私にとってもミサ中の説教に対する拍手は全く初めての経験でした。
 使徒信経はラテン語で、司祭団と信徒と交唱で歌われました。私はクレドのラテン語は初めてで全く歌えませんでしたが、パイプオルガンの響と合いまって素晴らしいものでした。
 ミサの前の解説で丁寧に説明されていましたが、奉献文が画期的であるという、司祭と信徒との交唱でした。主の祈りも1句ずつ信徒がアーメンと答えました。いろいろ新しい、意欲的試みがされていましたが、大変意義ある素晴らしいものになったという印象でした。 ミサが終わってから、そのままの席で、白柳大司教様ご自分が来賓の方々を紹介し、それぞれ短い挨拶をされました。それは次の方々でした。カルー教皇大使、ケルン大司教、ミヤンマの大司教、フィリピンの大司教、中国(香港)の神父、韓国のソウルの枢機卿、そして司式者に札幌の司教、新潟の司教、浦和の司教、そして森司教でした。
 司式者が退場されて司会者が終了を告げられたとき大きい拍手が起こりました。そしてもう一回大きい拍手で終わりました。来賓の方々に対して暖かい拍手と、時として笑いを呼ぶ話もあり厳粛なうちにもなごやかな雰囲気で終わりました。
 最後に教会を去る前に神学生で来年9月叙階予定の高田さんの息子さんに合いました。私にとって今日2度目の教会参りで結局1日つかいましたが素晴らしい1日でした。