東京の教会(その8)
赤羽1991. 6.23

 6月23日(日)は赤羽の教会にしました。赤羽は北区にありますから東京23区の北の端にあたります。しかし私の住んでいる豊島区が中央より北寄りですからJRで30分で着きました。案外近くでした。電車は京浜東北線で東京駅から25分程です。京浜東北線は文字通り南は横浜の先から北は埼玉県の大宮まで走っている水色の電車ですが、山手線とは南は品川から北は田端まで14の駅を並行して走っています。山手線の半分近くになります。その田端から4つ目です。
 赤羽駅で進行方向右の前から改札を出ると右に走っている大きい道路があります。そこを2筋目、大きい通りの交差点に出るともう右前に高くそびえる典型的なカトリック教会のゴシック風建物の十字架が見えます。駅から3分程度という便利な場所です。
 9時からのミサでしたが、10分前に聖堂に入ると、お祈りの最中でした。いわば古い祈祷書を使用して、私が入ったときには信望愛の祈りで、天主の十戒、お告げの祈りに続いてミサの入祭の歌に入りました。随分あちこちの教会を尋ねていますが、これは初めてでした。ついでにミサの終わりには、ひざまづいて古い祈祷書の終業の祈りでした。
 ミサ中にたまたま3人の幼児洗礼が同時に行われましたので華やかな、暖かい雰囲気でした。ミサの典礼の歌は衣笠教会で以前歌われていた慣れていた歌だったので落ち着いて祈ることができました。聖体拝領のときの注意はここでは先唱者が丁寧に行っていました。洗礼をまだ受けていない人は、一緒に並んで神父様の前で頭を下げて「祝福を下さい」と言って下さいとお知らせしていました。
 聖堂は正面にゴシック建築の教会の大きい飾り模型があり、そこにマリア様の被昇天の御絵が描かれていました。堂内の造りも典型的な昔風の教会でした。驚いたことは、ひざまづく台がないことでした。前の列の椅子の背もたれと一緒の、聖書置き台はありますが、ひざまづく台だけがないのです。よく観察してみると以前はついていたのだが、工作して取り除いたもののように見えました。そういえば椅子の間隔がつまっています。狭い聖堂の中に出来るだけ椅子を並べるために取ってしまったのではないかと思われます。聖変化とか他の教会でひざまづく場所では立ったまま頭を下げて祈りました。
 広報誌の「ことば」をもらって見ると、信徒総数約1,200名、維持費を納めている人約250人ということでした。9時のミサはほぼ満員の180人程でした。先週雲仙のお見舞いの募金をして216,000円集り、カリタス・ジャパンに送ったというお礼のお知らせがありました。衣笠教会ではいかがしていますか。
 ミサを捧げて下さったのは川島神父という年配の方でしたが、たまたま今日の洗礼式に来られたので、別に主任司祭と助任司祭がおられました。ミサ後のお知らせは若い助任司祭がされました。今日結婚式をあげられる2組の名前と、1週間毎日2〜3家族あるミサの意向の家族の名前、ほとんどが亡くなられた方のものですがお知らせにプリントされているのが印象的でした。
 帰りに広報誌「ことば」をもらいましたが、赤羽教会が発行している「キリスト教案内」のパンフレットももらいました。キリスト教とは?とかイエズスってだれ?など分かりやすく説明されていました。