Fransiscan's International Japan Kansai Report No.14 / 2004.4. 1


フランシスカンズ関西レポート NO.14



例会報告 2003年 9月13日(土)13時〜16時
場所フランシスコの家 出席者9名

ルカ神父の聖フランシスコのお話
 (ヤコブの手紙、マルコ福音書を引いて)  宗教の教えはどれも基本的には同じものであり、信じることによって実践する力を与えてくれるものである。自分が生命をかけてやるものは何か、つきつめで考えるとその考え方(価値観)が自分の行動を決めるものとなる。たとえこの世では自分にとって損をするように思えても、考え方を変えれば利益とすることが出来る。
 NGOの活動に於いても、まず一緒に考えながら行動し、行動をしながら考えていくと、自分の価値観を変えていくことが出来るものである。
 NGOで一緒に行動している仲間は、キリスト教の信者であっても、信者でなくても、また他の宗教の信者でも、そういったことにこだわらずに仲間として行動していけばよい。

環境についての話し合い・・・それぞれの思いを出し合いました
〇 平和とは、地球を破壊するような行為がない状態である。
〇 キリストが十字架に付けられたとされている金曜日を、環境デーにしたらどうか。このことをメンバーが教会や自分の所属しているグループで呼びかけてみよう。そしてその結果を例会で報告しよう。
〇 イラクに対する軍事行動が始まっている。自分がイラクに行くことは出来ないが、連帯感を持つことは出来る。
〇 グリーンピースの呼びかけに「ゼロウェイスト(ゴミゼロを目指す)宣言都市」というのがある。それを自分が住んでいる市町村に要請することが出来るのではないか。
〇 トイレットペーパーは再生紙を使っているか、ホテルに泊まったら必ずチェックしてみたらどうか。
〇 クーラーとか電灯など、本当に今つけておく必要があるのか、考えることなくつけっ放しておくことがある。
〇 よその教会を巡って、いい所を見て、自分のところに取り入れたらどうか
〇 教会は、自分たちだけのことを考えていればいいという、閉鎖的なところがある。環境や平和について目を向けず、信仰さえしておればいいという考え方に陥っているのではないか。

「平和のはなし」
 8月31日(日)香里教会で行われた、松浦悟郎司教のお話について、石橋さんから紹介されました。

 神様を信じている私たちは何を選ぶか、イエスの道はどんな道か考えてみよう。
 イラクの13才の少女がインターネットで世界中にメッセージを発信して大きな反響があった。「殺される半数以上は私たちとおなじ子供です。私を見て下さい。皆が殺すのは私です。」
日本は広島、長崎の原爆投下で二度と戦争はしないと決心し、憲法九条を発効した。広島の碑には、「安らかに眠って下さい、あやまちはくりかえしません」と刻んである。平和の遺産を引き継ぎ、それを守っていくのか放棄するのか、今生きている私たちが選択することである。
 このままいけば、日本もまもなく戦争できる国になるだろう。自国を守るために、武器を持たないで世界を平和に導く道もある。イエスの道は、「剣をさやに収めなさい」と言われたことにある。武力をもって突き進んでいくと、いずれテロに巻き込まれ、戦いを拡大していくことになる。

報告事項
☆ 8月17日、京都市木幡中学校のフリーマーケットの売り上げが2万円あり、全額南アに送った。
☆ 11月9日(日)、希望の家でバザーが行われる。私たちはそこで展示による環境問題などのアピール、手作り品の販売などを行い、売り上げは全額南アに送るので、時間のある人は参加しよう。

例会出席者 ルカ師、安藤悦子、石橋整一、岩橋章子、江端載子、奥田美弥子、高田亮子、内藤千恵子、中村米子



例会報告 2003年11月22日(土)13時半〜16時
場所フランシスコの家 出席者9名

.ルカ神父のお話
 信仰宣言の「永遠の命を信じます」について

 これは、死への心配に対する教えであり、キリストに繋がっていれば死を永遠の命に入ることと考えるのである。
1.私審判 この世の生活を評価することである。ずっと悪人でも、ぎりぎりで回心すれば救われる。
2.天国 イエスご自身はこの言葉を使っていない。死後、神との愛のうちに永遠に生きることをいう。それは、どこかの場所ではなく、生きている時と同じように、われわれの間にいて繋がっている。木で作られた「イス」は、昔、山に生えていた時代の命は終わったけれど、木材として、「イス」になり、私たちの役に立っている。
3.煉獄 たとえば、つらい病気のために神をうらんだまま死んだときのことを考えるといい。ある苦しみを受けた後、永遠の救いを与えられるという、神のあわれみの表現である。
4.地獄 自分は正しい、まわりが間違っているという傲慢な生き方は、すでにこの世で地獄が始まっているものである。痛悔せず、神の慈愛を受け入れないもの、救われたくないという考えのものは救われない。これは犯罪とは限らない。
5.最後の審判 神の正義は被造物が犯したあらゆる不正に打ちかつこと、また、その愛は死より強いことを明らかにする。

ルカ神父のお話の感想、ひとことずつ
+ 希望の家のバザーで、南アのフランシスケアセンターのために働いたが、そのとき、エイズの人のことはあまり頭になかった。あの人たち一人ひとりのためにするのだということを思い出して反省した。
+ 死の直前に洗礼を受けた知人を「天国どろぼう」と言う人がいて心を痛めたが、洗礼を受けていなくても、正し くふるまう人はキリストに繋がっているということを聞いて、こころが休まった。
+ ぎんなんは、銀杏の葉は枯れても、実は土に落ちて芽を出し、再生する。死もそのようなものだと思う。死をおそれず、まわりの人と仲よく生きていきたい。
+ 先週の主日の福音は、金持ちの青年に対して、キリストが「すべてを捨てないと救われない」と言う内容だったが、今日の話では救われる余地があるということであった。
+ 「誰も亡びがない」ということが、慰めとなると思った。
+ 告解は、自分が道を外れたと気づいたとき、思い切って直そうということと、共同体に対して迷惑をかけたことを謝るという意味がある。自分が悪かったと思えば、神にゆだねて許される。
+ 死は不安である。年齢とともに死に直面させられる。命を大切にして、今日の一日を大事にしたい。
+ 天国・煉獄・地獄ということばに久しぶりに出会った。昔の教えは脅しであった。洗礼を受けてなくても、すばらしい人は、天国に行くことができると聞いて、ほっとした。

報告事項
☆ 11月9日(日)希望の家のバザーで南アのケアーセンターを中心とする展示と、手作り品などの販売を行った。売上が15,330円、その10%を希望の家に納めて、全額南アに送った。(右写真は展示)
☆ 12月6日(土)に京都府環境フェスティバルがパルスプラザであり、リターナブル容器についてのワークショップがあるので参加しよう。
☆ さいたま正義と平和全国集会11月22日(土)〜24日(月)の3日間、NGO日本代表の戸田神父が実行委員長でさいたま教会を中心に開かれており、京都からメンバーが一人参加している。

例会出席者 ルカ師、石橋整一、岩橋章子、江端載子、鎌田真有美、住吉五十子、高岡武雄、内藤千恵子、中村米子

発行 フランシスカンズ関西
〒600-8391 京都市下京区佐竹町388 フランシスコの家TEL・FAX075-822-2369

トップへ戻る