Fransiscan's International Japan Kansai Report No.5 2000.10. 1 (1/2)

フランシスカンズ・インターナショナル・ジャパン
関西 レポート NO.5

総会が開かれました
9月24日(日)、フランシスコの家で久しぶりの活況、18名の出席で開かれました。

 聖フランシスコとの出会いについてみんなで体験を語り合いました。
○ このフランシスコの家に手伝いに来て初めて知りました。
○ フランシスカンズのパンフレットの翻訳を手伝っているとき、フランシスコにとって、自然の大切さについてすべて見えていたのだと気付きました。
○ 身の回りの親戚にフランシスコ会の人がいて、不思議な縁を感じました。
○ 平和の祈りがとても素晴らしいものだと気付きました。
○ 映画の中で聖人が雪の中を転げ回っている場面に感動しました。
○ 身の回りの親戚にフランシスコ会の人がいて、不思議な縁を感じました。
○ アシジに旅行に行ったことがあります。そのときはまだ聖人についてよく分かっていませんでした。
○ 本当に謙遜なブラザーに出会って、イエスの生き方を倣っている方だと気付きました。
○ 聖人が小鳥と遊んでいる絵を見て、感激しました。
○ 十数年前に映画を見て感動したのが最初です。チネカ神父の手伝いを始めたのはそれからです。
○ 小鳥と話をした聖人の話を聞いて、このままでは自然が破壊されて生きていけないと感じました。
○ それまで知っていた明恵上人ととても良く似ているカトリックの聖人として知りました。
○ カトリックの平和について考えて「平和を求める祈り」を知り、それが聖人との出会いでした。
○ 聖人が狼と対話した話を聞いて、心に残っています。
○ 汚れなき悪戯」のマリセリーノを世話した修道士たちの服装が、今のフランシスコ会の修道服そのままであることに驚きました。
○ 聖人が小鳥と遊んでいる絵を見て、感激しました。

 チネカ神父のお話
 先に聖フランシスコが狼と対話した話が出ました。ある町で、餌に飢えた狼にたびたび襲われ、人が傷つけられたり、家畜が殺されたりとても困っていました。そこで聖フランシスコは何の武器も持たずに一人で森の中に入っていき、狼と話をしました。狼は森の中に食べるものがないので仕方なしに町を襲っていると言うのです。そこで聖フランシスコは町の人々と話をして、狼が必要な程度の食べ物を町の外に置いてやることにしました。それから狼は町を襲わなくなったのです。この話は実は次のような実話から、伝えられてきたのではないかと言われています。裕福な商人たちが住む町の外れに、貧乏な貴族が住んでいました。武力は持っているものの生活に困って、ときどき商人の町を襲うのです。そこでフランシスコは恐れずにこの貴族と話をして、ある程度生活できるお金を貴族に援助することになったというのです。
 聖フランシスコは人間同士の和解にしたと同じように、人間と自然の間の和解に心からの優しさと深さから尽くしました。昔大自然は人間にとって敵であったのです。蝶々の生き方はひとつのシンボルです。やさしく羽ばたいて花に傷を付けることはありません。日本の良寛さんは、聖フランシスコによく似たところがあると言われています。良寛さんは1800年初めの曹洞宗の禅僧ですが、何もない我が家に入った泥棒に同情して着ていた衣服を脱いで渡してやったという挿話が伝えられています。
 地球村の高木善之さんも話していましたが、みんなとのつながり、自然とのつながりをもっともっと大切にすることが大事なことですね…(チネカ神父の話はほんとうはやわらかい大阪弁なんです)

 環境汚染について(岩橋さんからのなげかけ)
 今私たちが環境汚染だと心配していることは何でしょう。台所の洗剤、ゴミの煙、おもちゃに使われているプラスチック、放射線廃棄物、農薬、建材、スプレーなど。今日本では原子力が一番危険だと思う人が多いようですが、36年前レイチェル・カーソンという人が、このままでは石油から作られる化学物質が放射能を越える危険があると著書「沈黙の春」で訴えました。それが始まりだったのです。すでに川や湖の魚は環境ホルモンに汚染されて、それを口にする人間の身体をむしばみ始めています。日本でも数年前からようやくこのことについての研究が進められるようになりました。私たちはこのことを良く知らなければならないのです。母乳はダイオキシンのため、子供には長期間飲ませないこと。オゾン層の破壊で紫外線が強いので、帽子と長袖は戸外で遊ぶ場合の必要条件であることなど、現状を憂えていると、限りがありません。
 そんな中でも米国のゴア大統領候補が環境問題を警告する本「奪われし未来」にメッセージを寄せたり少し明るい兆しを見ることも出来ます

 そこで私たちメンバーは環境のために何をしているでしょうか
☆ 買い物袋(エコバッグ)を持参してスーパーの袋は貰いません。
☆ スーパーのイズミヤでは食料品売場で手持ちの袋を持っていくとカードにスタンプを押してくれます。スタンプが20個になると買い物に100円として使えます。
☆ 生協では、袋を貰うと5円払わなければなりません。
☆ 雑古紙から再生する「共働学舎*」のトイレットペーパーを使っています。
☆ 合成洗剤ではない「かなの家*」の石鹸を使っています。
☆ エンジンを赤信号で止めています。そのステッカーを自分で作って、車の後の窓ガラスに貼っています。京都南部の北ブロックではこの運動を広めようとしています。
☆ キュウリやトマトは夏にしか食べません。シーズン外では石油を食べているようなものですから。
☆ 牛乳パックをガラスビンに変えています。
☆ 割り箸の回収も随分協力者が増えてきました。周りの人に伝えていくことがとても大切です。

*共働学舎
 古紙回収してくれない雑誌や折込広告(雑古紙)100%から無漂白のトイレット・ペーパーや、キッチン・ペーパーを再生する、障害を持つ人のための授産施設です。東京の町田市にあります。値段は一般市販品とほぼ同等程度ということです。(TEL 042-737-7676 FAX 042-734-6688)

*かなの家
 合成添加物を入れない石鹸を作っています。知的ハンディのある人たちが厚生施設を離れ共に暮らしている静岡にある「ラルシュ・かなの家」です。ここの石鹸を使っている話をよく聞きます。住所 静岡市足久保口組1255

 アシジの聖フランシスコについてあらためて思い出しましょう
 1979年11月、教皇ヨハネ・パウロ二世は、聖フランシスコを「環境保護の守護の聖人」と宣言しました。私たちフランシスカンズが環境の保護に取り組んでいるのは当然のことですね。
 フランシスコが生まれたのは1182年、日本ではちょうど平清盛の権勢がかげり、数年して源義経に壇ノ浦で平家が滅ぼされ、鎌倉幕府が始まるころです。親鸞上人が生まれたのは、フランシスコより10年ほど前でした。ローマから100キロほど北のアシジという町の裕福な商人の子供に生まれたフランシスコは、貴族の若者たちと交際を深め、戦争に行って手柄を立てて騎士になり、いずれは貴族まで出世することを夢見ていました。
 そのフランシスコがあるとき突然神の声を聞いて、貧しい人、虐げられた人と一緒に生きようと決心するのです。父親の商品を持ち出して売り払い、そのお金を貧しい人に与え、壊れた教会の建て直しの資金とします。アシジの教会法廷の司教の前で、身につけていた衣服を全て脱ぎ捨てました。「持ち物を売って貧しい人に施し、私について来なさい」と言われたイエスの言葉どおり生きようとしました。持ち物は何も持たず、食べ物は自分で耕して作るか、托鉢して回ったのです。
 そのころヨーロッパ各地では教会内の権力争いや腐敗に対して、清貧運動が一般信徒たちを中心に起こって来ていました。初代教会の信徒のように生きることを信条としていたのです。多くのものが教会の教えから離れすぎて異端として排除されていましたが、フランシスコは教会から離れず、その生き方は多くの若者の共感を得て、仲間が増えてきました。
 本当にすべてを捨てて福音にそって生きようとするフランシスコに対して、「そんなことが本当に出来ると思っているのですか」と尋ねた高位の聖職者に対して、フランシスコは「それでは、福音書には出来ないことが書いてあるのですか」と問い返す場面が映画にあったのが印象に残っています。本当にイエスのように生きた人です。
 フランシスコは、何も持たず、食べ物は托鉢して歩くという生活の中で、特に自然の動物も植物も無生物も、宇宙の太陽も月も星も神からの恵みとして讃美し、感謝しました。小鳥や動物と話をしている姿はよく絵に描かれています。自然と環境の破壊の危機にある今、彼に深く学ぶことが大切でしょう。
 フランシスコは自然界だけでなく、人間が互いに兄弟であることを大切に考えて、心から平和を願い、和解に力を尽くしました。1986年、世界の宗教の代表者100人が、フランシスコの生地アシジに集まり、信仰を異にする指導的な人々が心を一つにして、世界平和を求めて祈ったのです。

 参加者は次の方々でした
東、飯山、石田、岩橋、江端、江端、大坪、奥田、岡崎、鎌田、川合、清水、チネカ、内藤、中村
野口、ベロニカ、溝上

発行責任者 ライムンド・チネカ神父 (フランシスカンズ・インターナショナル・ジャパン 関西 代表者)
〒600-8391 京都市下京区佐竹町388 フランシスコの家TEL・FAX 075-822-2369