「わたしが王だとは、あなたが言っていることです」

 イエスがピラトの前に引き出されたとき、ピラトが「おまえは王なのか」と尋ねると、イエスは「わたしが王だとは、あなたが言っていることです」と答えました。(2009年11月22日王であるキリストの主日に朗読されました。ヨハネ福音書18章37節です)
 私は、この言葉はどちらかというと、「それはあなたがそう言っているだけのことで、本当は違います」というニュアンスで受けとります。山口県で育った私の言葉の感覚です。しかし、前後の文脈からは少し違うようです。
 原文(アラマイ語かヘブライ語かギリシャ語)の直訳では確かにそう書かれているのかも知れませんが、2000年前のエルサレムの人たちが、どういう意味でこのような言葉を使っていたのか知りたいものです。 どうもしっくりしないので調べて見ました。なお、イエスのこの言葉は「新共同訳聖書」によるものです。

「おまえは王なのか」と尋ねられて

(1) 1964年発行 バルバロ訳聖書、「あなたのいうとおり、私は王である」
(2) 1971年発行 THE LIVING BIBLE(リビングバイブル)、"yes" Jesus said.
(3) 1979年発行 フランシスコ会の新訳聖書、「わたしが王であるとは、あなたの言っていることである」
(4) 1978年発行 日本聖書刊行会新改訳新約聖書(携帯版)、「わたしが王であることは、あなたが言うとおりです」
(5) 1993年発行 THE FIVE GOSPELS(5つの福音書)、"You're the one who says I'am a king,"
(6) 2001年発行 小さくされた人々のための福音(本田哲郎師訳)、「わたしが王であると、あなたが言っている」
(7) 2001年発行 ギリシャ語聖書(原文のギリシャ語は省いて、日本語に訳します)、「わたしが王であるということは、あなたが言っていることである」

 以上が手元の聖書です。次はウエブから
(8) 1954年版日本聖書協会の口語訳聖書、「あなたの言うとおり、わたしは王である」
(9) The Bible King James Version "Thou sayest that I am a king."

 ピラトの尋問はマタイ福音書27章11節、マルコ福音書15章2節、ルカ福音書23章3節にもありますが、新共同訳ではいずれも「あなたが言っていることです」であり、バルバロ訳では「そのとおり」という肯定の言葉になっています。

 聖書学者にとってはややこしい研究結果があるのかも知れませんが、肯定したのか、否定したのか、あるいはこの期に及んでまだあいまいな言葉で逃げたのか、歳をとった今は分かりやすい言葉が欲しいと思うのです。上の結果から見ると、肯定した翻訳と、あいまいに逃げた翻訳の2種類に分かれていて、どうやら否定ではなさそうですが。

 福音書を見慣れていない身近な多くの人たちにどう説明したらいいのか、迷ってしまうのです。