2010年3月10日NHK衛星第2でベイルマンの「処女の泉」が放映される予定で、とても楽しみにしていたところ国会中継のため急に中止になり、残念で仕方ありません。国会中継を優先するのは仕方ないところなのですぐNHKに尋ねましたが、当面放映の予定はないということでした。頼りないけれど4月以降何時か放映されることを期待して、待ちましょう。
この映画は、私がちょうど50年前(1961年)に就職のため京都に来たとき初めて見た映画で、とても印象に残っているものです。会社の寮に入るまでの間京都に住んでいた学友に頼んで家に泊めて貰うことにしました。出社の前日昼間時間つぶしに奨められたのでひとりで見に行ったのがこの映画です。今はなくなりましたが河原町三条を下がったところに京都宝塚劇場、地元の人たちは京宝(きょうほう)と呼んでいました。
物語は両親の愛情一杯に育てられた無垢の乙女が林の中で襲われて暴行された上殺され、それを知った父親が復讐を果たすというものです。当時この映画はかなり評判になっていました。主題から外れて生々しい暴行場面を映倫がカットするかどうかということが話題になり、映画館の大きい看板は暴行場面を扇情的に大きく描いていて私のイメージを損ないましたが、映画の内容は深いものでした。妙に私の印象に残っている場面は、犯行に及んでついには娘を殺した2人の男が連れていた小さい少年が、衝撃的な場面を目の前にして何度も吐いていたところでした。男たちは偶然にも殺した父親の家に泊まることになり、その犯行が発覚して父親が怒りに任せて2人を惨殺しました。そして逃げまどう残った子どもを追いかけますが、母親は可哀想に思ってその子をかばいます。しかし父親の怒りは治まらずついに子どもをつかんで壁に投げつけて殺してしまいます。その時、私は「これでこの少年は安らかになれた」という気持ちが浮かんで来ました。「これで苦しみから救われたのだ」という感覚は50年前のことでも今ありありと浮かびます。
映画は人間の欲望と復讐、神と奇跡など単純なストーリーの中に数多くの課題を示しており、ラストでは娘の遺体を動かすとその跡に泉が湧き出るという物語でした。