おばあちゃんの死
5日間の徹夜の看病の後、家内の母が息を引き取りました。88才でしたから、天寿を全うしたと思います。
肺炎による入院2か月のことでした。痴呆の影響などで口から食事をとると肺の方に間違って行くので、外から直接胃の中に栄養を送り込む「胃ろう」という手術を迷った上で行いました。少し体力が回復して、これなら肺炎も治るのではないかと思っていた矢先に、夜になって主治医の先生から、少し厳しい状況になったとの電話をいただきました。そのときは家内とすぐ駆けつけましたが、夜中にけいれんの発作も少し治まったので、明日の仕事もあり私は少しでも寝ようと家に帰りました。しかし、寝床に入って一時間ほどで家内から、心配だし、心細いという電話が入りもう一度病院に駆けつけました。病院は家から車で10分ほどの場所でしたから、便利でした。それから、一人が家に戻ったり、買い物に出たりする以外は、大抵は二人で傍にいて、ずっと見守りました。
肺炎なので、息遣いが荒くなったり、不規則になったり、1分近く止まっていたり、不安定な状況が続きました。しばらくはとても静かな、規則正しい静かな息になったりしました。しかし傍で見守っているといつ最後の息になるかもしれないと、目を離すことがなかなか出来ませんでした。幸いなことに、時に荒い息遣いが苦しそうにみえるものの、痛みなどはほとんど感じていないのではないかと思われたことでした。
こういう状態がずっと続き、時には最後がもう間近いと思われ、夜中に3人の孫を呼び寄せて、数時間一緒に見守ったこともありました。しかし、血圧も時には正常近く、血中酸素濃度も酸素吸入のせいもあるでしょうけれど私の数値とあまり変わず、心臓は多少不規則な感じはあるものの、しっかり脈打っておりました。熱は大きく上がったり下がったり、神経中枢の機能がかなり下がっているのではないかと思われました。
息を引き取ったのは5日目の午後1時過ぎでしたが、血圧が急に下がって計測不能になり、血中酸素も下がりました。医師がモニターを持ってきて、もう息も心臓もその液晶の画面を見ないと分からないほどになりました。心臓自身は動きを止め、神経から発する電気信号だけを拾っている状況から、それも間もなくなくなり、横一線になって、最後を迎えました。
私は人が息を引き取るところを看取ったのはこれで3度目です。小学校6年生の夏休み、父の母で、自宅の座敷でした。そのときは明け方起こされて、今おばあちゃんが息を引き取ったと知らされました。家内の父が胃がんで半年と宣告され、日赤の病室で、息を引き取りました。私の父は同じ年の秋、腎不全でしたが、年をとっても酒が好きでしたから、まあふさわしい最後と思いました。病室でこれが最後の息遣いかも知れないという激しい息が続いて、最後の息を引き取りました。母の死のときは、遠く離れていたので、電話を貰って新幹線で飛んで帰ったときは、もうお棺の中に納まり、葬式の準備が出来ているときに対面しました。
私は、カトリックですが、死後霊魂が残り、それが天国か、地獄か、煉獄に行くという考え方は、実感としてわきません。精神活動は身体とともにあり、身体が働きを止めると、精神活動もなくなるのではないかと思っています。精神活動は、頭の中の脳だけで起きているのではなく、全身の細胞組織全部がそれにかかわっているのではないかと思っています。ただ本当のことは分かりません。
しかし、5日間、おばあちゃんを見続けて、息を引き取るとき、普通に使われる「神に召される」という表現は、素直に受け取ることが出来ました。これは理性を超えた私の心の奥深くで感じたことではないかと思っています。魂が永遠に残るというのは、その人がどこか遠いところに行って、そこで行き続けているということではなく、私の心の奥深くに残るその人の存在、それが私のよく知った人だけでなく、人類すべてにつながっているという意識で心の奥に残っているということかなと、これが今私の感じている「永遠の生命」の理解です。