右の絵は、画家のアイヘンバーグがニューヨークの炊き出し風景の印象を描いたもので、本田哲郎神父さまの奈良の聖書講座でいただいたものです。真ん中あたりに後光が差しているように見えるのがイエスさまです。
ニューヨークでは、ホームレスの人たちのために活動するグループが、州政府などから補助金を貰って、大勢のボランティアに呼びかけて炊き出ししています。ボランティアの人たちは9割以上がカトリックやプロテスタントのクリスチャンです。アイヘンバーグは、どちらにイエスさまがいるかなという自問自答をしたようです。
私は、小さな人たち、貧しい人たちに手を差し伸べる、クリスチャン側にイエスさまはいると思っていました。クリスチャンの愛徳の代表的なものというイメージです。しかしこの画家は、いやあどっちかなという風に見て、炊き出しとか、奉仕を受けなければならないほど貧しく小さくされている一人ひとりの側に、復活した、生身のイエスさまがいると描きました。ボランティアをしている人もまとめて救って解放してくださるイエスさまが、いつも貧しい人の方から働きかけていることを感じ取ったのでしょう。
これまでの私は、模範的な信者として、良い子でいたい、しかしいいかげんでしたからこそ教会にもまじめに行き、ボランティアには参加しようと思い、貧しい、困った人を見たら、何とか声をかけようと一生懸命、内心、努力しようとしていました。私は信者だから、私が洗礼を通してお預かりしている神さまの豊かなお恵みを少しずつでもお裾分けしたいという思っていました。そのような考え方で良かったのか、深く考えてみたいと思うようになりました。