ヨハネ15章9節に、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」というイエスの言葉があります。先日、ミサの福音書で出てきたので、ミサの後司祭に、「愛にとどまりなさい」というのは分かりにくいですね」と尋ねた。
神の愛というのは、三位一体で「父と子との間にある愛、これが聖霊のことです」と説明されました。人間の愛でも、人間の間に生まれるものであり、2人の間に1本の糸を引いているイメージです。神の人間に対する愛は、兼六園の雪吊りのように、松などの木の頂上から各枝に縄をかけて吊すようなものだとよく考えていました。
また、愛をキャッチボールとかサッカーのパスワークのようなものだと考えたこともありました。相手に渡すとき、どこに渡したら相手が一番取りやすいか、次の動作に移りやすいか考えるのです。ただ、私は好みませんがキャッチボールは自分に与えられた課題を早く手放して相手に渡すという否定的な態度を示すときにも使われることがあるので、残念です。
愛は、誰かが誰かを愛したら、相手も自分を愛して欲しいと思うものです。ですから、「わたしもあなたがたを愛してきた。わたしを愛しなさい」といえば分かりやすいのですが、「愛にとどまりなさい」というのは、分かりにくいですね。
司祭の答えは、「あなたは技術者ですから、こういうように考えれば分かりやすいでしょう。愛は場のようなものなのです。重力場、電磁場などと言われますね、その場【フィールド】と考えたらどうですか。とどまりなさいというのは、その『場』にとどまりなさいということなのです。
これで私には明快になりました。私はずっと以前、洗礼を受けたころ、この世界に神の「善意」が満ちている、これがイエスの教えであると考えたことがありますが、それと同じような意味であると思いました。
ちなみに重力場はアインシュタインの方程式として次のように表されています
また、電磁場はマクスウェルの方程式として次のように表されています。
もっとも、重力場とか電磁場は直感的には分かるような気がしますが、上の式は私の理解を少し超えています。