エリザベト バラの奇跡

 ハンガリーの 聖エリザベトが生まれて今年800年になるので、在世フランシスコ会京都兄弟会が中心になってお祝いの聖劇「エリザベト『バラの奇跡』を、カトリック仁川教会で行いました。2007月11月18日のことです

 長年アマチュア劇団の女優で、脚本・演出を手がけた在世フランシスコ会の女性が、シナリオを書き、配役を決め、衣装、音響とすべて1人で創り上げたもののようでした。

 キャスト・スタッフは、関西のフランシスコ会関係、京都のフランシスコ会関係、キリスト教文化資料館の関係、仁川教会の人たち総勢20数名とエリザベトの歌のコーラスの人の全員の熱意で出来上がりました。


 1207年、ハンガリーの王女として生まれたエリザベトは、子供の頃からよく神様とお話していました。この頃アシジの聖フランシスコがサン・ダミアノの十字架で神の声を聞いた頃です。

 エリザベトはドイツのチューリンゲンの国王ルードヴィッヒと結婚しました。エリザベトはまだ14歳でした。エリザベトは王妃の立場で、城の中から貧しい人に持ち物を持ち出していました。
 ルードヴィッヒ王は部下(実は私)を連れて狩に出かけました。この帰りにエリザベトが城から出て行くのに出会います。
 見咎めたルードヴィッヒ王が、エリザベトのマントの下に隠したものをひろげさせて見ると、隠していた食べ物が美しいバラの花に変わっていました。エリザベトの「バラの奇跡」として伝えられています。  ルードヴィッヒが十字軍の遠征に従軍して戦場で帰らぬ人となり、司教はエリザベトに再婚を勧めますが、エリザベトは生涯キリストに添いどける決心を伝えます。
 激しい自己犠牲と過酷な労働の日々とはエリザベトの体を次第にむしばみ、24歳で神に召されました。 
 エリザベトの死後、エリザベトの病院で奇跡がたびたび起こりました。教皇グレゴリオ9世は1235年エリザベトの列聖を発表しました。
 フランシスコ会の女性としては、初めての聖人でした。その年、聖エリザベト教会の建築が始まりました。
 
 出演者のカーテンコールです。一番右が製作・脚本・演出の女性です。司祭も聖フランシスコ、司祭、教皇の役で出演しました。私は音響係でした。