2. あこがれのアシジ

遠く中央にアシジのフランシスコ大聖堂が
見え始めました。
サン・ダミアノ聖堂に向かうところです。
いよいよフランシスコの聖地です。
サン・ダミアノから見たウンブリアの
田園風景

 長い間の願いであったアシジに足を踏み入れました。ローマからバスでアシジに近づき、遠くスバシオ山の中腹に、写真で見慣れている聖フランシスコ大聖堂のシルエットが見え始めたとき、胸がときめきました。

 最初にボルチウンクラにバスは立ち寄りましたが、フランシスコがベネディクト修道会から受取って小さき兄弟会の生い立ちの地となり、聖キアラが髪を下ろした場所のイメージがなく、壮大な天使の聖マリア大聖堂でしたが、中にはいると小さい建物がありました。これが当時の教会の姿でした。

 バスの駐車場からアシジの城壁の中に入り、聖キアラ大聖堂に入りました。サン・ダミアノでフランシスコにイエスが語りかけた十字架がこの聖堂に掲げられていました。サン・ダミアノは少し離れていて狭いので、一人でも多くの人に目に留めて貰うには、この場所がふさわしいのでしょうか。

 聖キアラ大聖堂を出て、フランシスコの生まれた馬小屋のある実家の横の石畳の道を歩いて聖フランシスコ大聖堂まで行きました。この道は800年前実際にフランシスコが歩いたに違いないと思いました。

 聖フランシスコ大聖堂も「清貧」に生きたフランシスコの眠る場所として派手すぎる印象は受けましたが、当時フランシスコを慕う大勢の小さき兄弟と信者たちの気持ちを考えれば、当然のことかも知れません。近年の大地震で被害を受けたという場所はもう十分修復されているようです。内部は、当時の人たちを導くためのイエスの生涯とかフランシスコの生涯の沢山の壁画が、これも日本で見慣れているものがほとんどでしたが、実物を見ることができました。

 私は最後までサン・ダミアノに行きたいとこだわり続け、添乗員さんも現地ガイドさんも気を使ってくれました。みんなが再び道を戻ってバスの駐車場に戻る間に、私と家内と希望者だけタクシーで別行動で念願のサン・ダミアノ聖堂に行きました。私にとってはここが一番印象深い場所でした。

 サン・ダミアノを後にふと左手を見ると、それほど高台でもないサン・ダミアノからでも遠くまで見通せる、おだやかなウンブリアの田園風景が広がっていました。私はイスラエルはまだ行ったことがありませんが、ガリラヤ地方はこのような風景ではないかと思いました。後からフランシスコの本を見ていたら、ウンブリアは「イタリアのガリラヤ」と呼ばれるとありましたので、うなずけました。