2006. 6.24 にこにこ その後
5.11の「にこにこ」の続きです。
最近家内が「あなたはすぐ顔にでるから」といいました。これは不快になったとき口には出さなくても顔に表れ、怒ったとき我慢していても表情に出てくるということです。本当は気分がよくなくても、人から意地悪されてもにこにこしていようというのが私の決心でしたが、しょせん無理なようです。報道によるとトップの方でも不快感を表すことがあるようですから、心の中のことが表情に出るのは仕方ないのでしょうか。
しかし、調子のいい時だけにこにこして、虫の居所が悪くなったら渋い顔をするのなら当然誰でもやっていることです。私はイエスの「隣人を愛しなさい」という言葉の実行として心がけようと思っていましたので、本当は笑顔のマスクをかぶったように、心の動きを隠して平然と微笑んでいるのが理想と考えていました。しかし厳しい修行をして悟りを得た禅宗のお坊さんのようなことは、もともと無理かも知れません。
最近「わたしのなかの猿」という、動物学者が書いた楽しい本を読んでいましたら、「人間の笑顔はもとをたどれば懐柔の合図である」とあり、考えさせられました。弱いものが強いものに対して機嫌をとる表情から来たというのです。進化を考えると動物の世界の笑いがそうだったのでしょう、最近見た運河に触発されて、この年で著名な児童文学の「家なき子」をもう一度読み直したのですが、猿が笑うのを本当に見たという話が出ていました。私は、すなおな笑顔は、誰に対してでも敵意を持たないことを示す平和のしるしのつもりでしたが、笑顔もそう単純な話ではなさそうです。
「家なき子」の中の話です。親方を失ったとき死にかかっていたレミを引き取って家族にしてくれたアキャンとうさんが、破産して刑務所に入れられたところに面会に行きます。アキャンとうさんはレミに対して「相手のことよりさきに、自分のことを考えるなんて、決してしてはならないことだ」といいます。天台座主の色紙の「忘己利他」が気に入って、ある書家に書いてもらったものを家に飾っていますが、意味は同じ、とても分かりやすい言葉です。自分の気分にかかわらず他の人のことを考え、にこにこして過ごすのはやはりあこがれですね。
笑いには「へつらい笑い」とか「あざけり笑い」とかマイナスイメージもあるにはありますが、そういうのではなく、ただにこにこしているだけでいい。ちょっと何かに困ったとき、知らない人だけれど思わず尋ねてみようかという気にさせるような笑顔を「少しでも多くの時間」持ち続けられるような人間になりたいものと思っています。