作成日時 : 2007/09/28 21:56
第4 殉教を迫られるほどの苦しみに直面したときはどうしたらいいか(続き) 11、キリシタンを広める説教師などを自宅にとどめたり、匿ったりしたとして処刑されれば、殉教である。また説教者の知人のキリシタンを大切に扱い、家に招き、もてなしたとして処刑されれば殉教である。 12、取り調べの時、他のキリシタンを教えないからという理由で、あるいは説教者を訴え出なかったとして処刑された場合は殉教である。 13、キリシタンが処刑されるとき、他の場所に逃げたり、隠れたりすることは差し支えないが、もし殉教の希望に燃え立ち、自分から進んで名乗り出て処刑されれば、優れた殉教者であり、その徳も極めて大きい。すべての中で一番大切な命を、自由意志で喜んで主に捧げたからである。 このことについて迷うことがないように、司祭がいれば相談すること。もし司祭がいなければ心の中の望みの通りしたらよい。しかしこのとき、まず自分の力を頼らずに、ただひたすら主を頼み、主に命を捧げたいので、そのために強い心を与えてくださいと祈ること。次いで、世間の評判を基準とせず、ただ主の栄光を考え、自分の魂が神の国に至る道のことを考えること。 |